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モスタル(2011.06.23)

ポチテリに続きまして、世界遺産の町モスタルのお話です。

モスタル
ドブロヴニクを出発して約4時間でモスタルに到着しました。
ボスニア・ヘルツェゴビナでは5番目に大きな都市である。市内をネレトバ川が流れている。
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争期には事実上独立したヘルツェグ=ボスナ・クロアチア人
共和国の首都であった。
モスタルの地名は町でもっとも目立つランドマークであるスタリ・モストにちなみ「橋を守る人」
を意味する。
 (byウィキペディア。もっと詳しくはコチラ

CIMG6473.jpg
聖ペーター教会の近くに駐車しドライバーさんはどっかで待機。
現地ガイドさんと合流して旧市街へと観光に向かいます。

ですが・・・ガタイのいいガイドさんに脅されまして・・・
「失業者が多いので75%は犯罪者。私にちゃんとついてこないと
はぐれると安全の保証はできませんよ。」 (゚ロ゚;)エェッ!?

と言うワケで参加者はみなぞろぞろとガイドさんの後について”良い子”で
歩いていました。

CIMG6474.jpg
紛争時の激しい銃弾の痕が残る壁。

CIMG6475.jpg
破壊されたままの建物。

CIMG6478.jpg
いまだに地雷がたくさん埋め込まれたままだという山。

CIMG6479.jpg
唯一破壊されなかった紛争前の古い橋。

CIMG6480.jpg
そして、世界遺産”スタリ・モスト”へ続く入口をくぐります。(ブルーのTシャツを着て
白いキャップをかぶってる後ろ姿がガイドさん。)
この入口をくぐるときに女性のみ何かひとつ願い事をすれば叶うといわれてる
らしく、その願い事は誰にも言うてはいけないとのこと・・・・・よって、夫くんにも
言うてませんが、”何をお願いしたか”を忘れてしまいました。
リカさん、何やっとんねんっ!です。( `ж´ )ブッ!

CIMG6481.jpg
スタリ・モスト
1993年11月戦争の最中に破壊され、2004年ユネスコの協力により復元された。

橋の真ん中あたりにスイミングパンツ一丁で座ってる若い男子がいるの
おわかりですか? この男子は、観光客からお金をもらって橋から飛び
込むのです。しばらく遠目に見てましたが、なかなか飛び込みそうで
飛びこまない・・・・・・。ぷっ。あきらめました。

CIMG6487.jpg
スタリ・モストが爆撃されているとき、ガイドさんはすぐそばにいたそうです。
ガイドさんも貧困のため、お金を得る手段として若い頃に2000回は橋から
川に飛び込んだんだと・・・・・。そのお金はお母さんに渡していたと。
そう言って、右腕に彫られたスタリ・モストのタトゥーを見せてくれました。

CIMG6483_20110713073717.jpg
スタリ・モストからの眺め。(南側)

CIMG6486_20110713073716.jpg
スタリ・モストからの眺め。(北側)
中央にコスキ・メフメト・パシナ・ジャーミヤが見えます。
1618年に建てられたイスラム寺院。

CIMG6488.jpg スタリ・モストは石でできており、
それがすべる、すべる・・・気をつけて歩かないといけません。

途中のお土産物屋さんの日陰で  CIMG6489.jpg
休憩中?のかわいい男の子たち。

コスキ・メフメト・パシナ・ジャーミヤの内部見学をしまして・・・・・

CIMG6493.jpg  CIMG6494.jpg

CIMG6495.jpg  そして、がんばって尖塔を上り・・・
何段あったかな?かなりキツかったですが、この風景が見たかったのです。

CIMG6497_20110713074758.jpg
遠くに見えるスタリ・モスト。
スタリ・モストのかかるネレトヴァ川を挟んで、東側はムスリム人、
西側はクロアチア人と住み分けられており行き来はない。


CIMG6499_20110713074758.jpg

CIMG6501_20110713074756.jpg
いまだ地雷の残る山。

ガイドさんに5分で上って下りてくるように言われたので(ムリだけど。笑)
上がったメンバーは写真を撮って急いで下りました。( ̄∇ ̄;)ハッハッハ

CIMG6492_20110713075204.jpg
コスキ・メフメト・パシナ・ジャーミヤの前にある湧水。
冷たくて衛生上も問題ないから飲めるってことで、あまりの暑さで
持ってきたペットボトルが空になってたメンバーはみなお水を
汲んでました。 リカさんのペットボトルはまだお水が少し残ってましたが
冷たいお水を補充しました。
お腹が弱い女リカさんはちょい心配でしたが、飲んだけど大丈夫でしたよ。

ここで現地ガイドさんによる案内は終わり。
時間はお昼をとっくに過ぎており、レストランを探すのも面倒なので
みなガイドさんお勧めのレストランに連れていってもらいました。

CIMG6506.jpg  CIMG6507.jpg
ガイドブックに載っていた郷土料理の写真ページを指差して注文。(笑)
左は、ボスニア・ヘルツェゴビナのお料理 チェバプチチ。
小ぶりのソーセージを焼いたもの、玉葱、クリームチーズみたいなのを
ピタパンに挟んで食べます。おいしかったです。
右は、ボサンスキ・ロナッツというボスニア風トマト煮込み肉じゃがを
頼んだら、それはないけど似た料理でムツカリツァならあるというので
注文したら、チキンと野菜のトマト煮込みでした。これは・・・・・
夫くんはまあまあだと言うてましたがリカさん的には ( ̄-  ̄ ) ンー

食後は、自由時間もあまりなかったのでちょろちょろとお土産物屋さんを
のぞきつつ、集合場所へと戻りました。

CIMG6511.jpg
集合場所近くの銃弾痕。

CIMG6512.jpg
戦争の爪跡をしっかりと目に焼きつけて・・・・・

みな集合時間3時ギリギリにドライバーさんの元に戻りドブロヴニクへと
帰ったのでありました。(到着したのは午後6時すぎでした)


再びドブロヴニクでのお話に続きます・・・・・・




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2011/07/12(火) | モスタル | トラックバック(-) | コメント(-)

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